2013年2月15日金曜日

荒川修作  天命反転

岐阜の養老というところに「養老天命反転地」という摩訶不思議な公園がある。
僕の住んでるとこから車で1時間ほどのとこである

ここは、建築家、思想化、芸術家。。。etcと色々な呼ばれ方をしている「荒川修作」の作品である

荒川修作は人間の身体の在り方を説き続けた人物である。

養老天命反転地にはほぼ平らな場所が無い。グネグネと曲がりくねった道があったり、迷路のような家があったり天井に椅子や机や鏡が張り付いていたりと、いわゆるマトモな場所は一つも無い。

しかし、これには荒川修作の意図がある。

彼は縄文時代のような人間の在り方に人の身体の本質があると考えていた。
テクノロジーが発達し、仮想現実の中で生活のほとんどができてしまうような現代のあり方によって、元よりあった人間の身体的可能性は虚弱化し続けている。
その腐りきった現代人のあり方を見直すために、生命の方向性を反転させるために、建築という方法を使い、嫌でも身体のあり方に人間の意識を向かわせようとしたのである

また東京の三鷹にも彼の作品がある「三鷹天命反転住宅」である

ここもまた彼による身体のあり方を見直すための装置とも言える建築物である


僕が養老天命反転地へ初めて行ったのは、まだ小学生くらいの時で、もちろん荒川修作の事など知らず、岐阜にヘンテコな公園ができたらしいから行ってみようということで家族で行ったのである。
確かに変な公園で、小さな万里の頂上みたいなのがあったり迷路のような庭があったりと、子供ながらに危ないとこだなーと思いつつもそこそこ楽しんだような気がする。
そして確か、けっこうな筋肉痛になった気がする。。。。

荒川修作は人間の身体のあり方を確実に変えるべきであって、今在る街、道路、その他もろもろの建築物は全て爆破して、新しい身体を活性化させるような建築構造に変え、人間らしい生き方を取り戻すべきだというもの凄い強い意思を持ち自分を信じきっていた。

その信じるチカラは本当に凄いと思う。少々考え方がいきすぎているような気がしないでもないし、彼の本やインタビュー等の言葉を見ると、もう何を言ってるのか意味不明すぎるとこがある。
が、その言葉や単語に捉われずに感覚的にみてると、彼の言う身体の新しいあり方という思想に対して、うなずけるところもある。

また生前の荒川修作のぶっ飛んだ発言は非常に記憶に残る激しさであった。
気になる方はこちらをどうぞhttp://matome.naver.jp/odai/2134369109216045701

岡本太郎のような、ある種、いきすぎた熱量を持って人々に訴えかけるというのは「伝える」という事柄において非常に重要な事であり、またその意思や思いを実現していったという事実において、とても勇気をもらえる人である。

そのような方の作品が僕の生まれ育った岐阜にあるというのは、嬉しい事だ

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