2013年2月14日木曜日

空間の中のパズルのピース

僕の家の近くには長良川という美しい川が流れていて、その河原に石を拾いに行く事がある。
その河原には数え切れない程の小石があって、そこから自分がおもしろい!と思う石を探すのだ。

僕にとっては宝探しみたいな感覚でとても楽しいんだけど、周りから見たらどうなんだろう?
ただの変な人と見えるのかもしれない。笑

これでもない、あれでもないと探していると、圧倒的な存在感というか何とも言えない良いカタチをした石に出会う事がある。

この感覚というのは何だろう?
こんなにもたくさんのカタチがあるのにその中で光ってみえる良いカタチというのは何だろうか?
。。。

こんな風に考えてみた。

僕らのいるこの空間には実は眼には見えないパズルのピースのような穴が空いていて、そのピースのカタチと一致した時、そのモノに対して美しい!おもしろい!という感情が生まれるのだ。

カタチを求めて生きてる人はそのピースに合うカタチを無意識のうちに探してるのだ
。。。


そしてほとんど誰が見ても良いカタチと思えるモノがこの世には存在する


楽茶碗。楽長次郎作の黒楽茶碗。写真では伝わらないかもしれないが、本物を眼の前にすると、その茶碗のカタチ、内側、色、たたずまい、すべてに宇宙を感じる。
楽茶碗は手日練という轆轤を使わず、手のひらの中で茶碗のカタチを作っていく。

ばっちし空間のパズルのピースにはまった、いーーーーーいカタチである

そして不思議な事にこのカタチは万人に伝わる
いや少なくとも日本人の感性には、とりわけモノ造りを好む者には電撃のように伝わる。

自分も彫刻をしながら良いカタチを探すのだが、その良いカタチが生まれる瞬間というのは本当にふいに訪れる。その瞬間というのは何とも言い表しがたく。だから空間のパズルのピースにはまったんだ!と言うのが一番しっくりくるような気がする。

しかし楽茶碗のような「茶碗」なのに茶碗ではない宇宙のような感覚、茶碗を越えた「何か」を感じてしまうカタチというのは本当に不思議で魅力的だ。



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